セカチューとお盆

実は3話のオンエア当日16日は、訳あっていつもは行かないお盆の御施書きに行ってきました。お盆の間、家に帰ってきてたご先祖様を送って行くというやつです。お坊さんのお話聞いて、お経を聴いてお墓にお参りするんですけど、最後に若いお坊さんが仰ってた話が妙に心に残りました。
「今を生きている人が、亡くなった人のことを忘れずに憶えているというのは義務のようなものです。でも、いつでもその人のことを忘れずにいたら、今を生きている人にとっては悲しくて辛い事も多いでしょう。だから、普段は忘れて過ごしてもらっても構わないんです。時に思い出してもらえれば。お盆もそういう大切な機会だと思って、こういう時は故人の事を思い出して過ごしてみてください」
その晩、セカチューの放送があって、「この言葉を現代の朔太郎に聞かせてあげたい!」と思いました。17年前から褪せること無く、鮮明に残り続けるアキの記憶は辛い事が多すぎるじゃないですか・・・。上手に想い出に変えられたら良いのに。4話の谷田部先生の言葉で、今度こそ、背負ってたものを降ろせるのでしょうか。
「あなたたちの事は私が憶えているから、安心して忘れなさい」は、とても重要な言葉なんですよね、きっと。
3話最後の緒方さんのナレーションにも少し希望がありました。
「僕は行く。この音が高鳴る方へ」
17年前、自分が聞いた優しい音はアキちゃんの死と共に聴こえなくなってしまったけど、今、再び小林明希さんの心臓の音を聴いて、今を生きようと決意するというか、過去から今へ、本当に意味で戻ってくるという感じがしました。